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淀五郎

Author:淀五郎
 
“淀五郎”は古典落語の演目。
相中にすぎなかった歌舞伎役者の澤村淀五郎は『仮名手本忠臣蔵』の判官役に抜擢されたが、四段目の切腹の場で、座頭で由良之助役の市川團蔵から連日のダメ出し。思いつめていたところ中村仲蔵に「いい所を見せようとする気持ちが強すぎる」とアドバイスを受けて、開眼。二階級特進の名題に抜擢される。六代目三遊亭圓生の十八番だった。

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国立能楽堂7月普及公演 重喜 兼平
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七夕、曇り空で蒸し暑い中、千駄ヶ谷駅から国立能楽堂へ。

開演まで時間があったので、レストラン「向日葵」で皿うどんを食べる。
酢を多めにかけて食べると、さっぱりして美味かった。

国立能楽堂7月定例公演
(2012年7月7日 13:00~15:30、国立能楽堂)

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解説 兼平と義仲、そして巴
狂言・和泉流 重喜 
能・金剛流  兼平   
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◆解説:兼平と義仲、そして巴(13:00~13:20) 佐伯真一
 木曽義仲とその四天王であり乳兄弟でもある今井四郎兼平、さらに義仲の愛唱であった巴の人間関係、平家物語の中での描かれ方、謡曲「兼平」と「巴」の違いなどを分かり易く解説。

◆狂言:重喜(13:40~14:10)シテ:野村萬(和泉流)
 法要に出かける前に住持は、修行中の若い僧の重喜に頭を剃るように命じる。
剃刀を片手に持って住持の後ろ立った重喜は、刃を掌にあてて切れ味を試したりしているうちに、住持にぶつかってしまい、住持から「弟子七尺を去って師の影を踏まず」という諺を引用して厳しく注意される。
 重喜は、師の影を踏まないように飛び去ったり、長い竿の先に剃刀をくくりつけて、住持のはるか後方から剃り始めて、顔を傷つけてしまい大騒動に。
 重喜は子方でシテ・萬の孫で8歳の眞之介が務めていて、その姿は微笑ましく可愛らしかった。

◆能:兼平(14:30~15:30)シテ:種田道一(金剛流)
 兼平の亡霊が現れて、弔ってくれた僧に義仲と自分の最期の場面を語り始める。
 兼平は義仲に、木曽殿ともあろう方が人手にかかって死んでは末代までの恥辱なので、粟津の松原で自害することを勧めると、自分は後から追いかけてくる敵を防ごうと馬を引き返した。
 義仲は薄氷の張った深田に馬を駆け落とし、進退きわまったところに流矢を受けて討死した。
 さらに、兼平は自らの最期の有様を語り続ける。
 兼平は義仲の討死を知って、もはやこれまでと覚悟を決め、大きな声で名乗りをあげると、「自害の手本を見よ」と太刀を口にくわえ、まっさかさまに落ち、喉を貫いた。

 間狂言では睡魔に襲われたが、この兼平の自らの自害の場面は鬼気迫るものがあった。

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第31回 大宮 薪能
不調で騙し騙し使っていたパソコンのハードディスクが6月についに壊れてしまった。
やっと先週パソコンを買い替えし、はじめてこの記事を書く。
入力スピードが速いのに驚く。

遅ればせながら、約2ヵ月前に観た能をアップ。



第31回 大宮 薪能
(2012年5月26日 18:20~21:30、大宮氷川神社)

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素謡・金春流 翁
雅楽 
火入れ式
解説
能・金春流  経政
狂言・大蔵流 寝音曲 
能・観世流  紅葉狩   
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◆素謡・金春流「翁」シテ:金春憲和
 陽が傾きかけ、あたりが薄暗くなるかかで演じられ、観ている方も厳粛な気分になる。 

◆能・金春流「経政」シテ:金春安明
 雅楽、火入れ式、解説のあと休憩を挟んで始まる。
 灯火の影に現れた経正の亡霊は、懐かしげに愛する琵琶・青山をとって奏で、夜遊の舞に興ずるが、たちまち修羅道の苦患が襲いかかり、自らの姿が人々の目に見えることを恥じつつ消え失せる。
 可憐な美しさが印象に残った。

◆狂言・大蔵流「寝音曲」シテ:山本則俊
 主人は太郎冠者に謡を所望するが、素面では謡えないと酒を要求したうえ、女房の膝に寝ながらでないと声が出ないと言い出す。
 主人の膝枕で謡う。座って謡わせると声がかすれて声が出ない。
 そこで、主人が太郎冠者の首をもたげると声が詰まってしまい、寝かせると朗々とした声で謡う。
 ところが途中で太郎冠者は自分の首の位置を逆に取り違えてしまい、酔いのあまり立って舞い始める。
 太郎冠者のふてぶてしさとその後の失態が可笑しかった。
 
◆能・観世流「紅葉狩」シテ:武田志房
 維茂に襲いかかる鬼神は、前半の見目麗しい上臈と対照的でなかなか迫力満点であった。

 5月下旬でやや肌寒かったが、天気にも恵まれて楽しい野外での観能だった。

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国立能楽堂特別企画公演「阿古屋松」
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仕事の関係で見に行けるか心配だったが、この日は案外早めに職場を出ることができ、雨の中5分遅れで会場に入った。

すでに松岡教授による解説が始まっていた。会場は満席。

国立能楽堂特別公演
(2012年4月28日 18:00~20:50、国立能楽堂)

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解説          松岡心平(18:00~18:30)
復曲能・初演  阿古屋松 (18:50~20:50)
             前シテ/木樵の老人    
             後シテ/塩竈明神: 観世清和
             ワキ/藤原実方:   森常好
             アイ/所の者:     山本東次郎
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松岡氏の解説はパンフレットとほぼ同じ内容だったが、聞いていて大変分かりやすく、鑑賞するのに理解が深まったし、600年ぶりに再演されるとあって上演前から興奮を憶えた。

解説後の休憩時には、資料室に展示してある重要文化財の世阿弥自筆の能本「阿古屋松」を見に行った。一部を除いてカタカナの細かい字で書かれていた。

前シテの木樵の老人とワキの藤原実方とのやり取りのなかでは、実方の歌枕・阿古屋松の聞き方が高圧的で見下げたものであったために、その態度に老人が憤慨する場面が印象に残った。

中入りではアイの所の者が阿古屋松の謂れを語る。このことによって本曲の内容が理解がよりはっきり分かった。

後シテの塩竈明神が登場してからは、「陸奥の阿古屋松に木隠れて出ずべき月の出でやらぬかな」と歌を謡いあげ、松のめでたさや全国の松の名木を数えつくしたのち、中でも阿古屋松が一番だと賞め讃えるところや、本格的な舞に入った後、「忘れめや、忘れめや、御手洗川にうつり舞」と実方とも明神ともつかいな言葉を発するところが興味深かった。

パンフレットの解説には、“この舞はまさに憑依の舞、移り舞であって、明神は舞を舞ううちに実方や阿古屋松とも一体化し、老と若、神と人間、神と木が一瞬にして交錯してまた離れるという不思議な時空が現出するとある。”

さらに、“それは、老桜の精(シテ)と西行(ワキ)が、舞ののち一体化していくような「西行桜」の世界に近い。”

“世阿弥が『申楽談儀』で、「西行、阿古屋松、おほかた似たる能なり。後の世、かかる能書く者やあるまじきと覚えて、この二番は書き置くなり」とある”

帰宅後、阿古屋松が出てくる『平家物語』巻第二「阿古屋之松」を読み返したら、解説に“陸奥国、出羽国がわかれず、六十六郡をもって一国としていたとあるが、元明天皇の和銅五年(712)、越後国を割いて出羽国をたてた”とあった。

そこでさらにWikipediaで詳しく調べると、“出羽の起源は、和銅元年(708)9月28日に、越後国に設置された出羽郡である。和銅五年(712)9月23日に出羽国に昇格し、翌10月1日に陸奥国から置賜郡と最上郡を譲られて国としての体制が整った”とのこと。

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国立能楽堂3月定例公演 縄綯 箙
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冷たい雨の降る中、国立能楽堂へ。
開演時刻よりも早めに着いたので、ソファに腰かけておにぎりを口に頬張りばがらパンフレットに目を通す。
週末・金曜日などの、仕事が得るのサラリーマンやOLの姿も目に付く。
仕事の関係だろうか、開演後も遅れて来て係員に誘導されながら席に着く姿が散見された。

国立能楽堂3月定例公演
(2012年3月2日 18:30~20:45、国立能楽堂)

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狂言・大蔵流 縄綯 
能・観世流  箙   
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◆狂言:縄綯(18:30~19:12)シテ:山本東次郎(大蔵流)
主が賭け事に負けて家来の太郎冠者をかたに取られてしまうが、太郎冠者は相手の家で不貞腐れて全然働かない。
余りの怠けぶりに呆れた相手は、太郎冠者を主のもとへ帰らす。
帰宅した太郎冠者は、縄を綯いながら相手の悪口を言うが、いつの間にか相手が傍に居て悪口に怒る。
脚気などを言い訳にして相手の命令を断る場面や、帰宅して相手の内儀を「後ろ姿は立臼に菰」、「顔は鬼瓦」などとひどい悪口を楽しそうに主に語る場面では思わず笑ってしまった。

◆能:箙(19:30~20:45)シテ:津田和忠(観世流)
修羅物の多くは合戦に負けた武士を主人公にしているが、梶原源太景季が主人公とする「箙」は、義経の「八島」、坂上田村麻呂の「田村」とともに勝ち戦の側の武士を主人公とする勝修羅と呼ばれる作品のひとつ。
前シテは直面の出立で登場するが、その姿には品があり、箙の梅のいくさ語りの「そもそもこの幾多の森は、平家十万四騎の大手なりしに…」が耳に残った。
後シテ(景季)は平太の面で背に白梅の枝を挿して登場。
激闘のさまを再現する場面の迫力には圧倒された。
 
機会があれば、神戸の生田神社を訪ねて「箙の梅」を見てみたい。

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平家物語の怪―能で読み解く源平盛衰記
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2月9日の記事にも書いたように、「能」については源平関連の演目を中心に鑑賞しようと思っている。

そこで、適当な本はないかとネットで検索していたら、「平家物語の怪―能で読み解く源平盛衰記」井沢元彦・大槻文蔵(世界文化社)というのが目に止まった。

早速図書館で借りてきて読み進めている。

名古屋能楽堂完成の際に、能楽ファン以外の人にも能を見てもらいたいとの意図で企画された講演会+能の鑑賞会の講演部分の記録だそうだ。口語調の文章で大変読みやすく、新規で書き下ろされた能楽解説も簡潔明瞭にまとめられている。

冒頭に大槻氏による能に関する解説が載っている。特に興味深かったところを抜粋する。


能は分業制になっています。ワキ方、囃子方、狂言方の専門の人がいて、シテ方五流のどの舞台にも出演します。流派によって若干、詞章は異なりますが、現行曲は資料がほぼそろっているので、混乱することはありません。共演者は、シテの意向を聞いたら、各人で成り立ち方を考えて演じることになります。

全員顔をそろえての通し稽古は通常、一回。時にリハーサルなしの本番もあります。ベースになるのは謡本です。それぞれのパートがすることを覚えていれば、全体が合うようにできています。それをいかに具合よくやるかが大切です。

演者がわかてならもっと稽古を重ねます。とはいえ、日頃の稽古でやっているので、プロがそろえば、シテの主張を自然と理解してくれます。シテの思いを汲みながらそれぞれが主張し、みんなの力が瞬発力となって引っ張り合う。そういう本番はいい仕上がりになります。でもこれは、演者同士の信頼関係がなければできません。

能は歌舞伎などと違って、長期間に毎日、同じ演目をやることを得意としません。昔は勧進能といって何日間か公演することがありましたが、その時でも毎日すべての演目が違います。同じものを続けてやることはないに等しく、続けて同じ演目をやるときは、演者が変わります。

続けてやると、たぶん瞬発力やテンションが落ちてきて、効果があがらなくなるでしょう。毎日、能を舞っていても違うものでなくてはなりません。その時々で盛り上がった気持ちを、次の舞台でも同じように表現することはできないのです。


JAZZの“即興”とは異なるのだろうが、プロが集まって自分の持っているものをすべて出し合う。
初心者にとってまさに目からウロコであった。

もちろん、12の演目の紹介もわかりやすくて面白い。後日、アップすることにしたい。

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