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淀五郎

Author:淀五郎
 
“淀五郎”は古典落語の演目。
相中にすぎなかった歌舞伎役者の澤村淀五郎は『仮名手本忠臣蔵』の判官役に抜擢されたが、四段目の切腹の場で、座頭で由良之助役の市川團蔵から連日のダメ出し。思いつめていたところ中村仲蔵に「いい所を見せようとする気持ちが強すぎる」とアドバイスを受けて、開眼。二階級特進の名題に抜擢される。六代目三遊亭圓生の十八番だった。

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特別展「平清盛」江戸東京博物館
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昨年12月に前売券を2枚購入してあったが、ようやく1月の最終日曜日に細君と出かけることができた。

会期後半かつ休日で混雑が予想されたので、早めに家を出て9時40分に入場した(開場は9時30分から)。
それでも展示物の最初の方は混み合っていたが、半ば以降は比較的ゆっくりと余裕を持って鑑賞できた。

展示品のなかで印象に残ったのは、国宝「平家納経 平清盛願文」。
見ているものを圧倒するような迫力のある字体であった。
また、国宝「平清盛・頼盛合筆 紺紙金字法華経」も贅沢な仕様で書かれていた。

国宝「金銀荘雲龍文銅製経箱」の細工の素晴らしさ、特に龍の文様が今にも動き出しそうで感動的だった。

このほかにも「保元合戦図屏風」、「平治物語絵巻」、「一の谷合戦屏風」などは見ていて飽きない。

出品リストを見ると、国宝「伝源為朝所用 小桜韋黄返威鎧」などが1月22日までの展示であって、残念ながら見られなかった。

国立東京博物館の展示などと異なり、NHKテレビ「平清盛」の番組宣伝も兼ねているので、解説パネルなどは初心者に配慮して歴史的流れや人間関係が分かりやすく説明してあり、細君は喜んでいた。

ただし、その分展示物の充実度という面では不満が残った。
特に原品国宝「伝源頼義奉納 朱漆弓」、同「伝源頼義奉納 黒漆矢」、「伝源頼朝佩用 沃懸地杏葉螺鈿太刀」など模造品がいくつかあってがっかりした。

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[一の谷・屋島合戦図屏風]左隻 江戸時代/神戸市立博物館蔵

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[一の谷・屋島合戦図屏風] (右隻) 江戸時代/神戸市立博物館蔵

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[保元合戦図屏風] 江戸時代/馬の博物館蔵

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[平重盛書状] 平安時代/宮内庁三の丸尚蔵館蔵

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[重要文化財 伝平重盛所持 青磁茶碗 銘馬蝗絆]南宋~元代/東京国立博物館蔵

(2012年1月29日訪ねる)

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特別展「写楽」(東京国立博物館)
特別展「写楽」の前売り券を随分前に買っていたのだ、行きそびれて会期終了まで10日足らずとなってやっと見に行くことができた。

平日の午後にもかかわらず盛況で、展示物の前は絶え間なく(一重ところによっては二重)列ができていた。

写楽が活動期間10ヵ月に残した146図の作品は、題材となった歌舞伎が上演された時期によって4期に分けられている。
この展覧会では、約140図・約170枚の作品によって写楽版画の全貌が紹介されていて、主催者は「その数と質においておそらく空前絶後となる展覧会」とうたっている。確かに出展数は多く、カバー率(出展数/作品数)も非常に高いものになっている。

一期:寛政6年(1794) 5月、都座・桐座・河原崎座に取材した役者絵[28図すべてを出品]
一期は、背景を雲母摺りとした大首役者絵のみが出版。
写楽の個性が最もよく発揮された時期で、多くの作品が残っており、異版も知られることから、当時も人気が高かったことがわかるという。
写楽といえば、この時期の作品がすぐに頭に浮かぶ。

二期:寛政6年(1794)7月、都座・河原崎座 8月、桐座に取材した役者絵[38図のうち36図を出品]
二期は大首絵が無く、すべて全身像になり、大判では雲母摺りの背景に「初代篠塚浦右衛門の口上」の他は二人の役者が描かれていて、細判は無背景で1枚に一人ずつ描かれている。
役者の動きが良く分かる。

三期:寛政6年(1794)11月、閏11月、都座・桐座・河原崎座に取材した役者絵、役者追善絵、相撲絵[64図のうち60図を出品]
三期は相撲絵や追善絵など、時事的話題を意識した作品が描かれた。 細判役者絵には、今まで描かれなかった背景が描かれるようになり、間判大首絵では、背景を雲母ではなく黄つぶしとしている。
「大童山文五郎の土俵入り」が印象深い。

四期:寛政7年(1795)正月、都座・桐座に取材した役者絵、相撲絵[12図すべてを出品]
四期の役者絵は、連続した背景の細判のみが描かれ、形式化が進んでいるという。残っている作品数が少ないのは、写楽人気が薄れたためと想像されるとのこと。この時期の作品に写楽が筆を絶った秘密があるのかも知れない。

時系列的に一期から四期まで作風が変わっていくのが良く分かり、精彩さも四期では薄れていったことが理解できた。

この展覧会の展覧会はいくつかの特徴点がある。本展覧会のHPから引用(一部加筆)。

①最高の摺りで最高の保存状態の作品が多く出展されていて、同じ作品の違う摺りが比較できる。
当時の浮世絵版画は、植物性色料が多かったので、退色しやすく、摺ったばかりの色がそのまま残ることはほとんどなく、多くの作品は退色している。
今回の展覧会では、摺った当時の姿に近い色の残る希少な作品をいつくか比較展示している(「三代目瀬川菊之丞の田辺文蔵女房おしづ」寛政6年(1794)5月や、「初代尾上松助の松下造酒之進」寛政6年(1794)5月など)。

②江戸時代の芝居の上演記録が検証され、最新の研究成果が盛り込まれている。
「三代目大谷鬼次の江戸兵衛」は、「三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛」と記されることが多いが、「奴」を付けるのは誤りとのこと。
『恋女房染分手綱』において、鬼次の役は、辻番付・役割番付・絵本番付ともすべて「江戸兵衛」となっており、「奴」は付いていない。
写楽が描いたのは、三幕目の四条河原の場において、鷲塚八平次に加担して奴一平を襲い金子を奪う江戸兵衛。「奴江戸兵衛」とした場合の奴とは、武家の奴僕の意味なので、「奴江戸兵衛」とした研究者は、江戸兵衛は八平次の家来であると考えたようだが、現存する台本を見ると、江戸兵衛は盗賊たちの頭で、八平次に頼まれて一平を襲うのであり、八平次の家来ではない。
したがって「奴」ではないとのことだ。勉強になった。

③同じ芝居、同じ役者を描いた他の浮世絵師の作品と比較できる。
「花菖蒲文禄曾我」に出演した「三代目沢村宗十郎の大岸蔵人」を描いたのは写楽だけではない。
歌川豊国も、勝川春英も同じ大岸蔵人を描いている。他に勝川春艶の団扇絵もあり、それらを比較すると、4図とも祇園町の茶屋の場面の蔵人を描いていて、写楽・豊国・春英の3人の図が、共通して広げた扇を持つ姿になっているが、扇の模様は異なり、着衣も微妙に異なっている。


非常に魅力的な作品ばかり。ただし、自らの知識不足から展示内容が濃すぎて消化不良の感もあった。

そこで芝居の演目内容と役者絵の関係をもう少し詳しく知りたいし、掲載されている写楽の作品数の多さにも惹かれて図録を購入し、帰途に着いた。
(2011年6月3日午後訪れる)

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ボストン美術館 浮世絵名品展 (山種美術館)
副題に「錦絵の黄金時代―清長、歌麿、写楽」とあるこの展覧会。
会期は当初は2月26日~4月17日であったが、震災の影響で一時期閉館した後、3月23日から再び開館した。

前売りチケットを2月には購入していたが、結局なかなか都合がつかず最終日前日の4月16日に出かけた。
JR恵比寿駅から徒歩10分、結構な人数が美術館を目指して歩いていた。

午前11時前に会場に到着したが、会場内はすでにごったがえしており、スタッフが「100点以上展示してあるので順番でなくてもどこから観ても結構です。空いているところからご覧下さい」としつこく案内していた。

特にイヤフォンガイドで紹介されている作品の前は2重3重の人垣ができているところもあった。
しかし、展示の後半になると人がばらけてきて比較的見やすかった。

いずれの作品も保管状態がよいためであろうか、色が褪せていないで鮮やかであった。
展示物で印象に残ったのは、歌麿の美人画(雲母摺大首絵)と写楽の役者大首絵。

歌撰恋之部 稀ニ逢恋(寛政5~6年頃)
歌撰恋之部 稀ニ逢恋(寛政5~6年頃)

「歌撰恋之部 稀ニ逢恋」は全体のバランスの良さとともに、結った髪の透け具合の細かさに驚く。

  
青楼遊君合鏡 丁子屋 雛鶴 雛松(寛政9年頃)
青楼遊君合鏡 丁子屋 雛鶴 雛松(寛政9年頃)

「青楼遊君合鏡 丁子屋 雛鶴 雛松」は2人の遊女を配して、雛松(向って左側)が持った団扇の透けた向こうに口元が見える。


市川男女蔵の奴一平(寛政6年5月)
市川男女蔵の奴一平(寛政6年5月)

「市川男女蔵の奴一平」は、河原崎座の『恋女房染分手綱』の登場人物、奴一平が刀を抜きつつ見得を切る緊迫の場面を演ずる市川男女蔵(生没年不祥)を描いている。今回の展覧会のシンボル的な存在にもなっていてストラップなどの記念グッズにも多く採用されていた。

 
中山富三郎の宮城野(寛政6年5月)
中山富三郎の宮城野(寛政6年5月)

「中山富三郎の宮城野」は、江戸三座(都座、桐座、河原崎座)上演の役者大首絵28図のうちのひとつで、桐座「敵討乗合噺」に取材した作品だそうだ。遊女や世話女房を得意とした「ぐにゃ富」の異名をもつ中山富三郎の特徴を、柔らかな線や力強い表情に生かしていると解説にあった。


天王子屋里虹 二代目山下金作の仲居 おかね実は貞任妻岩手御前(寛政6年11月)
天王子屋里虹 二代目山下金作の仲居
おかね実は貞任妻岩手御前(寛政6年11月)
 

「天王子屋里虹 二代目山下金作の仲居」にも目が止まった。写楽以外の浮世絵師だったら描かなかったであろう個性豊かな役者を写楽は取り上げている。


見終ってホールに出ると、入り口にはこれから見ようという観客が列を作って並んでいた。入場制限をしているらしい。結果的には1時間半ほど早めに来てよかったようだ。
駅までの帰り道でも美術館へ向う人々が多く目についた。

この展覧会は昨年8月14日の神戸市立博物館から始まって、名古屋、東京(山種美術館)、千葉、仙台と続き、8月14日に終了する1年間のイベントであった。被災地の仙台でも予定通り開催されるのであろうか。
(2011年4月16日訪れる。画像はボストン美術館 浮世絵名品展HPより)


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「いざ討ち入り! 浮世絵忠臣蔵」太田記念美術館
12月に入って歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」を観たこともあり、忠臣蔵関連の浮世絵を集めた展覧展に行ってきた。入館が夕方だったので、年配の男性2人組みと母娘の2人組み以外お客はおらず、ゆっくりと見て回ることができた。

江戸時代の流行を伝える浮世絵には、忠臣蔵の物語がさまざまな形で取り上げられている。「仮名手本忠臣蔵」の舞台や、出演した各時代の歌舞伎役者たちも多数描かれている。それらの作品を大序から十一段目までの話に沿って浮世絵が展示されてあり、流れがつかめて非常に分かりやすかった。
三代歌川豊国「忠臣蔵銘々伝 高師直 桃井若狭之助」
三代歌川豊国「忠臣蔵銘々伝 高師直 桃井若狭之助」安政2年(1852)3月

鳥居清長 「忠臣蔵七段目」
鳥居清長 「忠臣蔵七段目」天明4年(1784)8月

特に十一段目の討ち入りの場面の浮世絵は、広重、芳艶、春朗(北斎)、豊国などいずれも迫力・躍動感があるものが多く、思わず見入ってしまった。なかで下帯ひとつで逃げ惑い、鴨居に抱きついたりぶる下がったりしている高師直家中の下人の様子は面白く描かれていた。
葛飾北斎「忠臣蔵討入」
葛飾北斎「忠臣蔵討入」天明(1881~89)頃

登場人物を女性に置き換えるなどの“みたて絵”などユニークな趣向も見られる。登場人物を蛙にした国芳の「蝦蟇手本ひやうきんぐら」は笑ってしまった。
歌川国芳「蝦蟇手本ひやうきんぐら
歌川国芳「蝦蟇手本ひやうきんぐら(大序・二段目)弘化4年(1847)頃

それぞれの四十七士をカタログ風に氏名、役、年齢なども付記した芳虎「誠忠二十三騎木像」、同「誠忠二十四騎木像」も興味深かった。

江戸の人々は忠臣蔵の物語を愛し、熱狂したことが分かったし、浮世絵を通じて改めて忠臣蔵の魅力に触れることができた展覧会だった。
(画像は太田記念美術館HP、2010年12月10日訪ねる)

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「ゴッホ展」 国立東京美術館
チラシ
前回の記事に続き、美術展について。
『ゴッホ展』を10月半ばに見に行っていたが当ブログに書いていなかった。
心の片隅にずっと引っかかっていた。遅ればせながらのコメント。


金曜日の夕方だったので、そこそこの混み具合で十分鑑賞は可能だった。

今年がゴッホの没後120年にあたり開催されたこの展覧会の特徴は、①ゴッホがどのようにして独自の画風を確立していったかを時間の流れに沿って作品を展示していることと、②その過程の各段階で大きな影響を与えた画家の作品を並列して展示・解説していることだろう。

パリに移る前の1886年初頭までの農民や労働者を暗い色での作風と、その後の色鮮やかな作品とが対照的で非常に印象深かった。同じ画家の絵と思えないほどだ。

今でも頭によみがえるのは、平凡かもしれないが「灰色のフェルト帽の自画像」、「アルルの寝室」、「ゴーギャンの椅子」、「アイリス」など。
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灰色のフェルト帽の自画像(1887年9-10月、パリ)

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アルルの寝室(1888年10月、アルル)

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ゴーギャンの椅子(1888年11月、アルル)

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アイリス(1890年5月、サンレミ)

37歳で自らの命を絶つ。
ゴッホの生存中に売れた作品は、たった一点。
懸命に自らの芸術を追求し続けた短くも壮絶な一生を垣間見た美術展だった。
(2010年10月15日訪れる)

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