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淀五郎

Author:淀五郎
 
“淀五郎”は古典落語の演目。
相中にすぎなかった歌舞伎役者の澤村淀五郎は『仮名手本忠臣蔵』の判官役に抜擢されたが、四段目の切腹の場で、座頭で由良之助役の市川團蔵から連日のダメ出し。思いつめていたところ中村仲蔵に「いい所を見せようとする気持ちが強すぎる」とアドバイスを受けて、開眼。二階級特進の名題に抜擢される。六代目三遊亭圓生の十八番だった。

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国立能楽堂特別企画公演「阿古屋松」
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仕事の関係で見に行けるか心配だったが、この日は案外早めに職場を出ることができ、雨の中5分遅れで会場に入った。

すでに松岡教授による解説が始まっていた。会場は満席。

国立能楽堂特別公演
(2012年4月28日 18:00~20:50、国立能楽堂)

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解説          松岡心平(18:00~18:30)
復曲能・初演  阿古屋松 (18:50~20:50)
             前シテ/木樵の老人    
             後シテ/塩竈明神: 観世清和
             ワキ/藤原実方:   森常好
             アイ/所の者:     山本東次郎
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松岡氏の解説はパンフレットとほぼ同じ内容だったが、聞いていて大変分かりやすく、鑑賞するのに理解が深まったし、600年ぶりに再演されるとあって上演前から興奮を憶えた。

解説後の休憩時には、資料室に展示してある重要文化財の世阿弥自筆の能本「阿古屋松」を見に行った。一部を除いてカタカナの細かい字で書かれていた。

前シテの木樵の老人とワキの藤原実方とのやり取りのなかでは、実方の歌枕・阿古屋松の聞き方が高圧的で見下げたものであったために、その態度に老人が憤慨する場面が印象に残った。

中入りではアイの所の者が阿古屋松の謂れを語る。このことによって本曲の内容が理解がよりはっきり分かった。

後シテの塩竈明神が登場してからは、「陸奥の阿古屋松に木隠れて出ずべき月の出でやらぬかな」と歌を謡いあげ、松のめでたさや全国の松の名木を数えつくしたのち、中でも阿古屋松が一番だと賞め讃えるところや、本格的な舞に入った後、「忘れめや、忘れめや、御手洗川にうつり舞」と実方とも明神ともつかいな言葉を発するところが興味深かった。

パンフレットの解説には、“この舞はまさに憑依の舞、移り舞であって、明神は舞を舞ううちに実方や阿古屋松とも一体化し、老と若、神と人間、神と木が一瞬にして交錯してまた離れるという不思議な時空が現出するとある。”

さらに、“それは、老桜の精(シテ)と西行(ワキ)が、舞ののち一体化していくような「西行桜」の世界に近い。”

“世阿弥が『申楽談儀』で、「西行、阿古屋松、おほかた似たる能なり。後の世、かかる能書く者やあるまじきと覚えて、この二番は書き置くなり」とある”

帰宅後、阿古屋松が出てくる『平家物語』巻第二「阿古屋之松」を読み返したら、解説に“陸奥国、出羽国がわかれず、六十六郡をもって一国としていたとあるが、元明天皇の和銅五年(712)、越後国を割いて出羽国をたてた”とあった。

そこでさらにWikipediaで詳しく調べると、“出羽の起源は、和銅元年(708)9月28日に、越後国に設置された出羽郡である。和銅五年(712)9月23日に出羽国に昇格し、翌10月1日に陸奥国から置賜郡と最上郡を譲られて国としての体制が整った”とのこと。

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