FC2ブログ
 
■プロフィール

淀五郎

Author:淀五郎
 
“淀五郎”は古典落語の演目。
相中にすぎなかった歌舞伎役者の澤村淀五郎は『仮名手本忠臣蔵』の判官役に抜擢されたが、四段目の切腹の場で、座頭で由良之助役の市川團蔵から連日のダメ出し。思いつめていたところ中村仲蔵に「いい所を見せようとする気持ちが強すぎる」とアドバイスを受けて、開眼。二階級特進の名題に抜擢される。六代目三遊亭圓生の十八番だった。

■最新記事
■カテゴリ
■検索フォーム

■月別アーカイブ
■FC2カウンター

■リンク
■QRコード

QR

嵯峨野めぐり(その4)
本シリーズの最終回。
「平家物語」や源平との直接の関連性が薄いので、写真を中心に。

二尊院は百人一首で名高い小倉山の東麓にある。

DSCN1119_convert_20131027172045.jpg
 二尊院総門:この総門は角倉了以が伏見城の「薬医門」を慶長18年(1613)に移築したもの。

DSCN1117_convert_20131027170338.jpg
 二尊院唐門

DSCN1112_convert_20131027165843.jpg
 西行法師庵の跡

DSCN1113_convert_20131027165943.jpg
 本堂

DSCN1116_convert_20131027170131.jpg
 藤原定家時雨亭跡:定家が百人一首を選定した場所

DSCN1115_convert_20131027170040.jpg
 二尊院境内から京都市街を望む

二尊院をあとにして落柿舎へ。
その途中に西行井戸。
落柿舎の北側、弘源寺(天龍寺塔頭)境外墓地の東側にあり、西行法師がこの辺りに庵を設けたときに使っていた井戸という。
世阿弥の最高傑作のひとつといわれる「西行桜」の舞台はこのあたりとか。

DSCN1122_convert_20131027170433.jpg
 西行井戸

落柿舎の主人は芭蕉の高弟・向井去来。
芭蕉は落柿舎を3度訪れ、そのうちの「奥の細道」の旅後に20日ほど滞在した時に「嵯峨日記」を書いた。
芭蕉にとって嵯峨は尊敬してやまない西行隠棲の地であり、大好きな「平家物語」の小督の地でもあった。
芭蕉は滞在中に小督の跡を訪ね歩いたそうだ。

DSCN1123_convert_20131027170604.jpg
 落柿舎の門

DSCN1126_convert_20131027170843.jpg
 落柿舎

DSCN1124_convert_20131027170740.jpg
 柿の木と歌碑

DSCN1129_convert_20131027171044.jpg
 常寂光寺の仁王門

常寂光寺には、高倉院から小督の局が賜ったという車琴が伝わっているという。

DSCN1130_convert_20131027171203.jpg
 常寂光寺の本堂

DSCN1132_convert_20131027175918.jpg
 多宝塔

DSCN1115_convert_20131027170040_20131027172310737.jpg
 常寂光寺の境内からの展望

今回の史跡巡りの最後は竹林。
夕方にもかかわらず外国からの観光客が多く、今回巡った場所では一番賑やかだった。

DSCN1135_convert_<br />20131027171353.jpg
 嵯峨野の竹林

コースは結構アップダウンがあり、ママチャリでのサイクリンは汗をかきながらで、かなり疲労感を憶えた。

(2013年10月18日、参考文献:歩いて楽しむ「平家物語」いのぐち泰子)

スポンサーサイト



名所旧跡 | | トラックバック(0) | コメント(0)
次のページ