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淀五郎

Author:淀五郎
 
“淀五郎”は古典落語の演目。
相中にすぎなかった歌舞伎役者の澤村淀五郎は『仮名手本忠臣蔵』の判官役に抜擢されたが、四段目の切腹の場で、座頭で由良之助役の市川團蔵から連日のダメ出し。思いつめていたところ中村仲蔵に「いい所を見せようとする気持ちが強すぎる」とアドバイスを受けて、開眼。二階級特進の名題に抜擢される。六代目三遊亭圓生の十八番だった。

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三三「嶋鵆沖白浪」~あらすじ
一昨日、昨年11月16日~18日に催された「三三 談洲楼 三夜」での“嶋鵆沖白浪”のあらすじが送られてきた。
三三はPCは使わない(使えない?)ので、手書きである。A4横で縦書き。1枚に一夜分で計3枚。
以下に、全文を掲載する。
なお、これら3夜の模様は、当ブログの「三三 談州楼三夜・第一夜」「同・第二夜」「同・第三夜」の記事を参照。

(第一夜)
 下総国・佐原の穀屋(穀物問屋)平兵衛の長男・喜三郎は、道楽の挙句、父の留守中母に悪態をついて勘当される。その足で常陸国・土浦の博打打の親分・皆次を訪ね、身内に加えてくれるよう頼む。断る皆次に「母の連れ子である自分ではなく、父の実子・弟の吉次郎に店を継がせたい一心で、母と示し合わせてわざと勘当された」と打ち明ける。その心に打たれた皆次は喜三郎を身内に加えると、喜三郎はまたたくうちに男をみがいて売り出し、 “佐原の親分”といわれるまでになる。
 文政十二年五月、成田山新勝寺の参詣に出掛けた喜三郎は、同じ宿に逗留している芸者・お虎と母・およしが、土地の顔役・馬差しの菊蔵に難癖をつけられたところを助ける。お虎は江戸の神田三河町で人入れ稼業(大名に中間を斡旋するなど、働き手の手配をする商売)をしていた父の没後、借金を返すために成田で芸者をしていたところ、小僧のスリに五両の金を盗られた。菊蔵に証文を書いて五両を借りたが、菊蔵はいくら口説いても自分になびかないお虎を逆恨みし、証文を「五十両」に書き替えて催促したのだ。それを見破った喜三郎だが、菊蔵の恨みを買い、お虎親子を八日市場へ送る途中を菊蔵やその親分・柴山の仁三郎一家の待ち伏せに逢う。喜三郎は親子を逃がした上で一人立向かうが袋叩きにされ、仁三郎の家の物置に監禁される。
 喜三郎に思いを寄せるお虎は大胆にも夜中一人で喜三郎を助け出し、彼女の手当てのおかげで回復した喜三郎は六月十九日の晩、単身仁三郎方へ斬込み、仁三郎は仕留めるが菊蔵をとり逃がす。
喜三郎はお上の手を逃れ菊蔵を探すため、お虎は暮らしのために、ひかれ合いながらも別々に、お互いの行方を知らず、それぞれが江戸へと向かうのだった。

(第二夜)
 佐原の喜三郎と別れて江戸に戻ったお虎は母・およしとも死別。身寄り頼りのなくなった自棄も手伝ったか、借金返済の為に吉原・江戸町二丁目の大坂(阪)屋へ自ら身を沈め、花鳥の名で遊女となる。
その美しさ故あっという間に吉原で指折りの売れっ子になった花鳥の前に現れたのが、番町・御厩谷の旗本・梅津長門。この長門、花鳥に惚れた喜三郎に生き写しの色男。いつしかお互いすっかり夢中になり、それが為に金に困るようになる。
 天保二年師走の二十日、伯父に金の無心を断られた長門は大音寺前の夜道で人殺しをして二百両の金を奪う。それが御用聞き・金蔵の知るところとなり、大坂屋に上がった長門を捕えるべく、金蔵は花鳥に手引きを頼む。引き受けたと見せかけて、花鳥は長門を逃す為に大坂屋に火付けをし、その騒ぎに乗じて長門は姿をくらますが、花鳥は召捕られ伝馬町の女牢へ送られる。
 牢では厳しい拷問にかけられるが、牢名主・お鉄婆の入れ知恵もあって口を割らずにこれを耐え、その花鳥の図太さを見込んだお鉄婆から牢名主の座を譲られる。その頃の裁きは当人の自白がないと罪には問えず、本来死罪のはずの花鳥も口を割らない為に三宅島への流罪となる。
 牢内で名残りの酒宴を催し、囚人達の色懺悔を聞く花鳥に新入りの私娼・お嬢お兼が語った話は、彼女が元は旗本の娘で梅津長門との色恋が原因で落ちぶれたとのこと。それが花鳥の火付けで逃げた長門と再会し、夫婦同然の暮らしをしていたと言う。憎悪と嫉妬に燃えた花鳥は再びお鉄婆の入れ知恵で病死に見せかけてお兼を殺害、数奇な運命の待つ三宅島へ流されてゆく。

(第三夜)
 三宅島に流された花鳥は島で一番の権力者・島方取締役(地役人)・壬生大助を色仕掛けで手玉に取り、一軒家に島の者としては不自由のない暮らし。
 その花鳥のもとへ度々集るのが、自分の父を殺して生家を乗っ取った継母とその色男に無実の罪を着せられ、復讐に燃える千住の博徒・勝五郎。その勝五郎の義兄弟でスリの三日月小僧庄吉、彼は以前成田の参道で、当時芸者だった花鳥から紙入れを盗んだとこもあり、佐原の喜三郎にも恩義があるという男。そしてもう一人が湯島・麟祥院の納所坊主で玄若。この男は住職に手を貸して人を殺し、死骸を棄てに行く途中で花鳥の放火による火事に逢い、街中に放置した為に罪が露見して遠島になっていた。
 互いに浅からぬ縁があり、江戸に未練があると知った四人は密かに島抜け(脱走)する機会を伺う。そんな折りに、やはり江戸で召捕りとなった佐原の喜三郎が三宅島へ流されて来る。再会した喜三郎と花鳥はついに結ばれ、五人での島抜けを決意する。
 天保四年七月十六日の海へ船を出すことを禁じられた忌日ならば人目につく恐れも少ないと、決めた五人。当日、島の雨乞いを終え、神事に使った宝剣と金無垢の釈尊像を持って花鳥の家へ立ち寄った壬生大助を、花鳥と喜三郎が殺害し、宝剣と釈尊像を奪い五人は船で島抜けを決行。始めは順調だがにわかに海が荒れ難儀をする。
 嵐は一旦収まるが一難去ってまた一難、今度は暗闇で船幽霊に出逢う。これを宝剣と釈尊像を海に収めることで切り抜けるが、再び海は大荒れ、二日二晩漂流ののち一行は下総・銚子飯貝根浦に流れ着く。それぞれの思いを胸に五人は別々の道を歩むことになった。
 その頃三宅島には宝剣と釈尊像が流れ着いたという・・・・。


最後に「遅くなって済みませんでした。実はこの噺、もう少し続きがあるんですが、またいつか機会を見て申し上げるということで・・・。」とあった。
その日を楽しみに待ちたい。


テーマ:落語 - ジャンル:お笑い

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